korenannan’s blog

関東地方某県に住んでいます。日々思ったことを書きます。

誰か休ませてあげて(ついでに自分も休め)

 曇り。

 

 ものすごい湿度。

 

 洗濯物がまったく乾かない。

 

 1日干し続けても乾ききらず。

 

 乾かしているのか水分を吸わせているのかわからん。

 

 高野豆腐という言葉が浮かぶ。

 

 風呂場にもっていき乾燥機能でなんとかすることにした。

 

 これでも難しいっぽい。

 

 しかたがないので乾燥機能を使いながら位置を変えたり洗濯物を振り回したりして何とか乾かした。汗だく。人間も乾燥できてスッキリしたのでよしとする。サウナか。

 

 

        夢を見た

 また学校。卒業の心配か。またですか。校内を歩く。物理の授業を落としそうなやつが、その対策とかいってグラウンドにいた。なんで物理でグラウンド。

 

 コロナという現実世界の状況が夢に反映されているのかグラウンドへ通じている校舎のピロティには透明な折り畳み式のカーテンがついている。

 

 いつもの夢のように校舎の中をさまようが、突然授業どころかここの仕組みそのものに縁がなくわからないということに気づく。(終わり)

 

 

 

        思ったこと

 目を覚ます。学業レベルの問題じゃないじゃん。そのレベルで外れていたのかよ。仕組みそのものから外れている。それでは努力なんてできない。

 

 じゃあどうする? ・・・いや違う。まず、そこで止まらないとだめだ。そこを味わい尽くす。どうしようどうしよう、と焦っては台無しになる。これまでの苦い経験。

 

 カウンセラーや病院もそんな感じだった。まず休ませないといけない。これまでのことが腑に落ちる?まで休ませる。いや、休ませてはくれたんだけれど徹底していなかった。カウンセラーも病院のスタッフも忙しい。もしかしたらノルマがあったのかもしれない。こういうことにノルマや効率とか資本主義の理屈を持ち込むとろくなことがない。

 

 そうだ。そういったケアや教育関係の人たちも含めて大人がちっとも幸せそうではないな、というのが子どものころからの疑問だった。なにより忙しすぎる。

 

 大人は幸せの手本を見せてくれよ。そういうことだった。

 

 世の中は苦しみでできている、という教えだろうか。そんな究極的な話ではないか。

 

 自分は世の中のレールからかなり外れてしまっているのでこういうことを言うのは無責任な感じがする。だけど最近はむしろその立場から見えることを発信したほうがいいように思えてきた。上から目線でなく。いや外から目線か。

 

 他人に指図するとかそういう偉そうなモチベーションでなく、ただ発信する。できればいいのだけど。自分の中には人間のろくでもないものは一通りそろっているので注意しないといけない。

 

 そんなこと思った。

 

 

 

   今週のお題「住みたい場所」

 スペースコロニー。子どものころに観た某アニメの影響か。みんな一回は思うよね。

 

 スペースコロニーや宇宙ステーションは究極の引きこもりのようにみえる。というかそうしないと生きていけない。

 

 宇宙で外に出たら死にますよ。そこに選択肢はない。

 

 なんだかものすごく適当なことを言っているな。酔っぱらっているのか。