korenannan’s blog

関東地方某県に住んでいます。日々思ったことを書きます。

感情をとり出すこと

 曇り。でも大雨も降る。

 

 天気予報の説明が複雑になってきて見ててもわからない。

 

 高度になってきているのか雑になってきているのかわからん。

 

 もう少しシンプルにやってほしい。

 

 

 

        夢を見た

 雑居ビルの中に人が集まっている。昔の職場の社長がいる。

 

 学生時代の同級生もいる。同級生とさっさと抜け出す。

 

 大きなボックスカーがあるので乗る。見覚えはないが私の車らしい。

 

 同級生の一人が運転する。運転が雑で曲がるときに電柱に角をぶつける。

 

 誰かの敷地内に入ってしまったらしく、怒った男性(アメリカ人?)がこっちに向かってくるのが見えた。

 

 私が運転を代わりバックする。なぜかバックはスムーズにできた。

 

 幹線道路に出れば何とかなるだろう、と思い大きな通りを目指す。同級生にナビをしてくれと頼むがまったく反応がない。皆一様に暗い顔をしている。カーナビの画面には何も映っていない。

 

 比較的大きな通りに出る。しばらく進むと線路に突き当たり通りは終わってしまう。仕方ないので線路沿いの細い道を進む。

 

 前方に白バイが止まっていたのでビックリする。よく見ると白バイではなくただのバイクだった。白いキャリアをたくさんつけていたのでそう見えた。同級生と笑う。バイクの持ち主は老人だった。

 

 知らない土地の道をどこまでも進んできりがない。もう車を捨てて電車に乗って帰ろうかと思う。(終わり)

 

 

 

        思ったこと

 目を覚ます。これでは放浪者だ。ロードムービーかよ。厳しい人生。

 

 

 最近はやたら具合が不安定だ。精神状態もそう。ただ、そんな中で素朴な思いがふっと浮かび上がってくることがある。

 

 「理屈こねくり回してないで、いつになったら謝るんだよ、まったく」

 

 こういう思い。(やっぱり話している内容よりも動機や姿勢が重要だった。そこをしっかりさせるのが躾だ。でも躾は大変に手間暇がかかる。世代間のつながりがしっかりしていないと難しい)

 

 それと一緒に生の感情が浮かび上がってくる。これは大変にきつくしんどいものだった。身体中が痛い。

 

 怒りは腰にたまり、ストレスは関節にたまるという人もいる。それがぎっくり腰の原因になったりするらしい。

 

 普通だったらストレスがたまったら発散すればいいけれども、度を越えたひどい体験をしてしまった場合ではそれも難しい。発散や感情の発露は心身のダメージが大きすぎて危険ですらある。

 

 それを回避するために、乖離などが起きるのか。身体というのはそれなりに(ここ大事)よくできている。当時耐えられなくて乖離が起きたのなら今だって危険だ。ただ乖離したままだと問題はいつまでも残ったまま。感情を取り出すのには工夫がいる。

 

 自分の感情を自身のものにできなければ考えることができない。そこに最近気づいた。やはり思いつきや誰かの意見の引用をベラベラしゃべるだけというのは危険だった。

 

 自分の感情が戻りつつある。それは喜ばしいことでもあるが同時に危険なことでもあった。

 

 

 そんなことを思った。