korenannan’s blog

関東地方某県に住んでいます。日々思ったことを書きます。

自分が”懐かしい気持ち”になる本をピックアップしてみた

 曇り。もう曇りでもかなり暑い。

 

 休む時にはすべてを放り出さなければいけない。

 

 サプリメントがいいとか、半身浴がいいとか、

 

 そういった努力も含めてやめないといけない。

 

 そしてポカーンとアホみたいにぼーっとする。

 

 何も考えない。ゾンビか。・・・ゾンビ健康法。

 

 ヨーガにシャバ・アーサナっていうのがあるけどそういうことなのか?

 

 

 

      思ったこと

   今週のお題「わたしのプレイリスト」

 

 この前行った本屋で何冊か本を買った。今回のは”当たり”だ。読んでいて懐かしい気持ちになった。

 

 懐かしい気持ちになる、というのは自分の深いところとリンクしているような気がする。

 

 今週のお題っぽくこれまでそういう気持ちになった本をいくつかピックアップしてみることにした。

 

 

 

 (その1)

 自分が初めて懐かしい気持ちになったのはこの本だろうか。たぶん中学生の頃だ。どこか遠くではなく身近にある驚きや秘密のようなものを教えてくれた本。もう中古しかない。こういう風に絶版になってしまったら”なかったこと”になってしまうみたいで悲しい。都下の古本屋で単行本版を見つけた時に買っておけばよかった。 

 

  (その2)

 つぎはこれ。東京に住んでる野生動物の本。また絶版だ。自分たちがいる場所で生きている生き物たち、というのがいい。これも身近なものに対する想像力が働く。こういう本も野生動物みたいにじっくり探せばどこかの古本屋でどっこい生きてるのかもしれない。ネットもあるし。買って私が”保護”したほうがいいのか?
 
 (その3)
 
  この本は私が手に入れたのとは他のヴァージョンで手に入る。私が手に入れたのは福武文庫版だった。本だけでなく文庫本のレーベル?そのものがなくなることもある。面白い本が多かったのに残念。ただこの本は昔は懐かしい気持ちで読んだけれども今はそうでもない。当時は主人公の家族の母親と息子に思い入れしていたようだ。今はもう私はこの作品の息子のように小学生の子どもでもないし、当然母親でもない。そういうことだろうか。物語の時代は1980年前後。この時代の女性は独特のバイタリティや感性の鋭さ、攻撃力?があるような気がする。当時の私はなぜかそこに共鳴した。
 
 (その4)
 「狂気と家族」R.D.レイン A.エスターソン著 みすず書房
 (この本に関してはうまくリンクが貼れなかった。リアルな本屋と同様?に探すのやピックアップするのにコツがいる)
 
 ユングフロイトの本では満足できなかった自分が初めて引っ掛かりを感じた本。病気や患者を外側から眺めた本でないのがよかった。そういう風に外側から観察されるとへこむ。まるで実験動物にでもなったような気分になる。メンタルのトラブルにとって自尊心はとても大事。
 
 
 
 以上4冊を挙げてみました。
 
 ブログを書いているせいかもしれないが、また難しい本にチャレンジしたくなった。学生時代は馬鹿力でむりやり読もうとして失敗した。
 
 あのときは見た目やファッションで読もうとしていた。そういうのは無理だ。当時はフランス現代思想とかの本をスラスラ読んでみたかったのだろう。
 
 おしゃれ?な感じがしていいじゃん位の動機の軽さだ。ギター弾けたらモテそう、というのと同じ種類のモチベーションだったのか。難しい本読めても別にモテないと思うが。やっぱり何かずれてる。
 
 自身の動機や適性をもっと大事にってことだ。でも無理やり読むと考え方の大枠みたいな何かが残る。後から入った情報がその枠に引っかかって肉付けされてくる。その意味では無茶してよかったと思う。そんな感じ。