korenannan’s blog

関東地方某県に住んでいます。日々思ったことを書きます。

世界はこんなものではなかった?

 晴れ。

 

 だいぶん暑い。

 

 これから数か月は暑いのか。弱る。

 

 

 

        夢を見た

 予備校にいる。100人以上入る大教室で説明を受けている。すべての席が学生で埋まっていて人いきれにうんざりする。

 

 黒板に成績優秀な生徒ベスト5が書かれている。4番目が自分で驚く。テストがたまたまよかったのだろうか? 実力で言ったらぶっちぎりの最下位だと思いきまりが悪くなる。

 

 1番の生徒はいかにも優秀そうな髭の男性だった。哲学者か物理学者のようで予備校生とは思えないほど大人びた風貌。これはレベルが違う。

 

 先生と相談する。君はまず字をきれいに書こう、と言われる。自分のレベルから言ったらそんなものだよなと、思う。少し悔しい。

 

 10時半になる。ふと我に返り早くここから出なければと焦る。(終わり)

 

 

 

       思ったこと

 目が覚める。また学校関係の夢だ。いったいどうなっているんだ。

 

 いつも学校から卒業しよう帰ろうと焦るが、そもそも帰るところはあるのか?

 

 

 

 買い出しに行く。電車はものすごく混んでいる。緊急事態宣言が解除されたためか。皆ストレスたまっていたんだな。

 

 花粉に刺激されて他のアレルギーも出たようでものすごく具合が悪い。とにかく買い物をして黙々と歩く。やや気分が晴れてきた。

 

 

 

 移動しながらさっき見た夢のことを考える。そして昔のことを思い出す。

 

 昔、母が入信していた宗教団体に「信じないと死ぬ」というようなことを言われた。これはとてつもない呪いだ。子供にこんなことを言うなんてどうかしている。

 

 これまでずっとそのことについて考えてきた。その呪いを解こうとしてきた。大人になってある程度歳を取ってわかったことは「どんな境遇であれ人はみな死ぬ」ということだった。

 

 当時は子供で経験もなく、「死」というのが得体のしれない概念だったのでとても恐ろしかったのでは、と考える。

 

 そこに気づかなくてベラベラしゃべる信者の言うことを真に受けてしまった。気づくためにはある程度経験して現実とは実際にはどうなっているのかを知らないといけない。

 

 でもそんなことをする必要はほとんどの人にはないらしい。うまくいっていればそれでいいじゃん、というようなことか。そういう人はメディアや信者の言うような言葉をそのまま真に受けて何の問題もなく生きていく。

 

 私の場合には暴力や言われたことに対する恐怖などがあって必死になって考える必要があった。死ぬのは嫌だし。相手が何を言っているのか全く意味不明だったし。

 

 

 で、さっきの夢とそれが何の関係があるんだ。詰め込み教育や受験勉強は本当の勉強ではないと言われたけれど、それ以外の実際の勉強というものが何なのかまったくわからなかった。大学に入ってからですらそうだった。

 

 信者たちの言うことも、パンフレットに書いてあることを鵜呑みにして読み上げるだけだった。下手すれば信じてすらいないのでは。

 

 彼らはそれが信仰だと思っている。でもそれでは言われたことを鵜呑みにして何でもやってしまうことになる。良心は働かない。判断ができない。これは大変な問題だ。だから暴力が振るえたのか。

 

 ある意味立派な歯車で奴隷だといえる。自分の経験ではそうなった人間はまわりや子供に大変な犠牲を出す。

 

 

 だからそれと勉強の関係は? マニュアルやテキストで情報を詰め込むことが勉強だと勘違いしていたということか。最近になるまで数十年も勘違いしていた。これでは自分で考えたり判断することができない。テキストがないと何もわからない。

 

 テストの時だけ勉強する。そのことでその場だけしのぐ・ごまかす習慣ができてしまったような気もする。大げさか。

 

 でもその場だけきれいなことを言ってごまかすって大げさに言えばウソつきだ。何も積みあがらないし後には何も残らない。それは思っているよりもずっと大きな問題なのかもしれない。

 

 

 

 そういう環境で育ったせいもあって心のどこかで、「どうせ人間の知恵や心なんてこんな程度でしょ?」と思っていた。それで進路を決めるときに痛い目にあった。

 

 それを夢に「お前はまだまだ考えが足りない」と言われ続けた。それで学校の夢を見続けている。そういうことなのでは?

 

 なんだかわからないけれどまだ先がある、上のレベルがある、そこに気づくための呪いだったのかも。

 

 たくさん書いてみたけれど、よくわからない。言葉やメディアが暴走して実際の現実世界よりも力を持ってしまった、という問題だろうか。テキストや理屈と現実世界の区別ができていない。いちいち確認なんて不可能なレベルまで言葉などのメディアの世界が広がってしまった?

 

 ちょっとオカルトっぽいな。でもこれが私が痛い目にあって考えたこと。自分のレベルではこんな感じ。もっと頭のいい人はなんて言うだろう?

 

 

 くどくどと、こみいった話を長々としてしまい失礼しました。

 

 (今気づいたが他人から言われなければ・禁止されなければわからないというのは良心が全く働いていないということだった。何かに頼らなくても自然に起きるのが知恵というものか。それには相当な訓練が必要?)

 

 

注:これは自身の体験に基づいた個人的な意見で宗教一般を批判するものではありません。