korenannan’s blog

関東地方某県に住んでいます。日々思ったことを書きます。

自分の心の中の鬼と向き合う

 晴れ。寒い。

 

 寒さに慣れてきたがダメージも出てきた。

 

 足がしもやけ気味でメンタルも不調。

 

 うちの前に煙草の吸殻を捨てていく人がいる。嫌な感じだ。

 

 とりあえず、家族で情報をシェアしておく。ひどかったら通報する。

 

 

       思ったこと

 買い出しに行く。気分転換も兼ねて半島の先のほうに行ってみる。ほとんど人がいない。観光客よりも塾に向かう学生のほうが多い。(追い込みの時期か)

 

 空気が澄んでいて対岸の山々がくっきりと見える。ほら、ここで写真を撮ってブログに上げるんだよ。いや、自分が見て驚くので忙しい。無理。

 

 土産物屋に入る。店員のおばちゃんが暇そうにしている。お客が減って営業時間も短縮しているそうだ。イカの一夜干しがあるかと聞くと不漁で扱っていないという。最近の環境の変化の激しさは何なんだと思う。干物を買ってさっさと帰路につく。

 

 

 移動をすると考え事をするようになる。昨日の続き。

korenannan.com

 

 いいことでも悪いことでも全体からその一部分だけ切り離してそれだけが自分だ、ということにするとトラブルが起きるようだ。

 

 自分は正しい、善人だと他人に言う。押し付ける。これは相当なレベルの暴力だったのだ。これを言い出すと自分がただの人間であることを忘れてしまう。自身が特別の存在であるかのように勘違いしてしまう。それを骨の髄まで味あわされた。

 

 なんで普通のおばちゃんがニコニコしながら他人を脅せるのだろう、とずっと思っていた。そのろくでもなさを自分も持っていることに気づいた。

 

 これはおかしい。と抗議するのも暴力なのだ。だから問題は暴力はいけない(自分は暴力とは関係ないというふりをする)、ではなくて自分の中の暴力性を理解していかにそれを扱うかが重要だった。これもある種の罪の自覚だろうか。

 

 抗議はちゃんとしなければいけない。道具は磨いて手入れしておけ、ということか。

 

 人間の中には誰にでも暴力性がある。暴力はいけないと言ってそこを否定してしまっては問題に対処できなくなる。そこにポイントがあった。

 

 私は絶対的な正義だ、善人だ、としてしまってはなにか問題が起きた時にごまかすしか手段がなくなる。そういうことでもあった。

 

 となると、あの団体のやったことの質の悪さが見えてくる。暴力はいけませんと言って抗議する力を取り上げて、自分たちは堂々とそれを行使する。本当にひどい。

 

 やっとそこまでたどり着いた。ありがとう、お土産屋のおばちゃん(なんでやねん)

 

 おばちゃんと話して気がまぎれたおかげかもしれない。

 

 

   今週のお題「鬼」

 今日書いたことって偶然にもお題にかぶっている。

 

 また無理やりお題を回収する気か。