korenannan’s blog

関東地方某県に住んでいます。日々思ったことを書きます。

妄想や乖離も大事な自分の一部だった

 曇り。こういう日は昼間のほうが寒い。

 

 こういう天気は意外と好きだったりする。

 

 

         夢を見た

 (その1)ゲームの夢。一緒にいる人に(姿は見えない)

「トリアエズ カクレテクダサイ」と片言の日本語で言われる。

 

 日本語が使えるのか親切だな、と思うと同時に日本語へのローカライズはちゃんとやろうよ、とも思う。(終わり)

 

 

 (その2)学校か塾のような場所にいる。何の教科なのかはわからない。ノートをかなり自由にとっている。先生は小学校の時の担任。私のことは多分覚えていないだろうな、と思う。時間の経過を感じる。私は子供だけどもういい歳だ。(終わり)

 

 また学校か。準備や訓練がいるよってことか。内容は数学とかではなかった。かなり緩い感じで助かる。

 

 

 

        思ったこと

 妄想や乖離はいけないことだとずっと思っていた。でもかなりお世話に?なっていることに気づく。誰かに延々となじられているとき、感覚をシャットダウンして別のことを考える。生きていくための知恵というか仕組み。

 

 でもそれを多用してしまうと、自分が何を感じ何を考えているのか、すらわからなくなる。フィードバックがきかない。そうなると他人にコントロールされ放題だ。自分の感覚や道理から離れてしまっているので、反省も評価もまともにできない。

 

 そういう人に育てられると子供もそれが当たり前になってしまう。まわりとのトラブルが多発したり、寒い・疲れたなどの身体が出している警告に気づかずに症状がどんどん悪化していき、気づいたときにはかなり具合が悪くなっている、ということが起きる。だけどなぜそうなるのか本人にはわからない、という悲しい状況になる。いろいろと思い当たる。

 

 酒を飲んでも酒に飲まれるな、という言葉を思い出した。自分のコントロールを手放すな。妄想しても現実や自分の感覚とのリンクは切るな。ということだった。