korenannan’s blog

関東地方某県に住んでいます。日々思ったことを書きます。

煩悩は味方だったのかも

 晴れ。風が強い。空気が入れ替わっている。

 

 ニュースで最近まったく雨が降っていないという。

 

 そういえば最近降っていないな。なんなんだこの極端さ。

 

 

       思ったこと(というか妄想)

 夜眠れずに考える。最近子供っぽい人が多い。というかわがまま言うのがいいことだ、という感じすらある。それで思い浮かぶのがあの国だ。

 

 あの国は強大だ。覇権国家だ。なんでだ。あんなに子供っぽくてわがままなのに。

 

 ・・・いや逆だ。わがままだからだ。自分の欲望や煩悩を否定しない。煩悩や欲望はものすごいパワーがあるらしい。そこを認めて前面に出している。だからトラブルも大量に起こる。でも覇権国家だからそれを他者に押しつけられる。

 

 人間とはわがままなのが初期状態なのか。それを宗教やしつけや他人をこき使いたい人間の都合で制限した。それで人間は弱くなった。だけどそれで秩序が保たれているというところもある。

 

 人間のベースを否定しない。だからパワフル。気づかなかったよそんなこと。そういえば昔読んだ仏教の本でも人間はマインドコントロールされているからそこをいったん解いてやらないと修行ができない、みたいなことが書いてあったな。でもマインドコントロールを解いてしまった人間はヤバい。常識では考えられないレベルのわがままをそのままだしてくる。だから、そういう人間は山奥の寺とかに閉じ込めて修行がある程度完成するまで外に出さないようにしていたのかもしれないな。

 

 ・・・あの国やばいじゃん。”ありのまま”は危険なのか。

 

 そうか煩悩が人間のベースだったのか。じゃあ否定してはいけないな。これまで私が考えていた欲望の説明は素朴すぎたのだな。だけど、そのまま欲望を出すのもおかしい。コントロールして観察するのがいいのか? よくわからない。

 

 

 なんだかもやもやしていたものが少しスッキリした。あの国の度を越した金持ちのニュースを見ながら

 

 「ひどいな。(でもあやかりたい)」

 

という相反する気分になっていたのもある程度説明がついた。

 

 だがあの国も国のトップを決める選挙のニュースなどで虐げられている人々が大量にいるのがわかってきた。金持ちだけではなかった。イメージ操作だったのか。たとえ自由でもあれはどうなの。弱肉強食の無法地帯じゃん。わがままできるってことはそれを尻拭いする人間がまわりにいるっていうことか。それって親じゃん。ありのままでいいというのは親殺しだったのか。

 

 最近は自己啓発セミナーみたいな新しい親?が増えている。その中にはニュースになったように他人を徹底的に貶めるようなことをするところもあるようだ。あれは新しいタイプの死の商人のような気がして仕方がない。というか新しい毒親か。

 

 つらつらと考える。何の結論もない。

 

 (すべて個人の妄想です)